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天下の大悪法・裁判員制度徹底糾弾!!

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2010年1月31日(日)

民主制は最悪の政治体制

 まずは、河北新報のこの記事から。福島空港での覚せい剤密輸事件で裁判員裁判対象事件として起訴された池田容之被告人が、強盗殺人事件でも横浜地裁に起訴されていることから横浜地裁で併合審理されるとのことです。実はこの事件、共犯として強盗殺人容疑がかけられているのがタイに逃亡したとみられる近藤剛郎氏です。近藤氏の身柄が日本に引き渡されると、法律自体がインチキな裁判員制度で裁かれた上で、主犯格とみられる池田被告人も含めて、2人死亡強盗殺人事案ゆえに死刑判決が出される危険性があります。その意味で、近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。

 さて、本日は愛媛新聞のこのコラムから。英国チャーチル元宰相の「民主制は最悪の政治形態だ、他のあらゆる政治形態を除いてだが」なる名言ですが、これに関しては、民主制を悪く言うものではなく、あくまで民主制が他の政治形態に打ち勝ってきた歴史を述べるものだと解釈されています。しかし、ここでは愛媛新聞コラムでも述べられるように、私は「民主制は最悪の政治形態だ」という言葉を文字通りに解釈する観点から述べたいと思います。
 民主制について、確かに他のすべての政治形態を打ち破ってきた歴史があります。というのは、今まで人類が経験した他のすべての政治形態が暴走したときに、民主制がその歯止め役になったことが要因として挙げられます。権力の暴走は社会全体、ひいては人類全体をあるまじき方向に進める危険性があるからこそ、権力を分散して相互監視できるシステムが必要なわけで、そのための最良の政治形態は、社会を構成する最小単位である市民一人ひとりが権力をコントロールする民主制ということになります。しかし、ここで問題となるのが、民主制が暴走したときに誰が止めるのか?です。ありとあらゆる民主制以外の政治体制の暴走が民主制に打ち倒されたとすれば、民主制の暴走を止めるシステムが存在しないことにもつながりかねません。
 暴走する危険のある政治形態であろうとも、市民一人ひとりによる「民主的に選ばれた体制」では誰も批判のしようがないからです。これが内政レベルにとどまっている限りは、いかに非人道的政治が行われようとも、海外からの非難に対しては「内政干渉」で突っぱねられます。一方で、これが海外との人権衝突問題になれば、これは一触即発の戦争寸前という事態も想定されます。ナチス・ドイツは、まさに民主制が暴走して海外と人権衝突した好例です。日本の裁判員制度も一応は「民主的」に決まった政策です。しかし、最高裁が不正してまで権力・権威が総与党化して絶対的に翼賛推進する政策に国内レベルでの人権救済を求めることは事実上不可能ですし、外国籍被告人がこの裁判員制度を「憲法違反」と国外に訴える事態になれば、これは海外との人権衝突にもなりうるのです。
 その意味でも、私は民主制に全幅の信頼を置くわけには行かないという考え方でいます。その考え方は、私の死刑制度に対する考え方にも通じるところがあります。私は、このような護憲活動をしている勢力の中では異端かもしれませんが、死刑廃止には反対です。というのは、死刑廃止の論拠として「国家による合法的殺人は一切認められない」という考え方があります。しかし、仮に殺人事件の被害が生じたとして、被害者にとっては「やられっぱなし」は認められないという感情が自然に出るもので、その感情を満たすには、国家による正当な刑罰が科せられないと加害者への私的報復という形で満たすしかなくなるからです。そうなると、私的報復された側も報復し返す連鎖となり、やがては戦争につながる道にもなりかねないのです。死刑問題は究極の例ともいえますが、民主制というシステムが暴走した場合にそれを食い止めるためには、国家としての責任で「超法規的措置」を最小限の形でとることも認められて然るべきだと考えています。
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Category:[ 裁判員制度徹底糾弾 ]

2010年1月30日(土)

名誉回復機能も果たされない

 本日の日経新聞一面に、小沢民主党幹事長の政治とカネ問題についての検察捜査のあり方をめぐる特集記事がありました。最近の検察捜査に関しては、実質的身内(警察)に対する恣意的不起訴(明石歩道橋事件捜査に対する検察審査会からの「NO」、さらに「国鉄体質」のJR西日本も含めて)、足利事件での強権的捜査による冤罪問題、そして小沢幹事長周辺事件での政治的捜査など、批判世論が極めて強まってきています。日経で特集された小沢周辺事件についても、「政治的見地から恣意的な捜査が行われた」と世論喚起されるようなことになれば、検察に対する国民的不信を招くことにもつながりかねません。
 検察にとって捜査への不信世論が喚起されたら大変なのは、起訴された場合の社会的影響を考えるともっともなことです。推定無罪の原則が国民的共有感覚になっている欧米諸国に比べ、この国では起訴されること自体、いや、起訴以前に逮捕されて容疑者となってしまえばその段階で大変な「社会的制裁」を受けてしまいます。となれば、仮に不起訴になろうとも、起訴されて無罪を勝ち取れたにしても元の生活に戻るのは極めて困難になります。起訴自体に「伝家の宝刀」レベルの極めて強烈な社会的制裁効果があるとなれば、その極めて強烈な権限をほぼ独占的に行使できる検察にとって、世論として「恣意的に行使している」という見られ方をすれば、国家統治の根幹そのものが揺らぐ事態にもなりかねません。
 足利事件の容疑者としてでっち上げられた菅家さんについてはほぼ無罪判決が確実な情勢ですが、我々が菅家さんを今どう見ているかも重要な問題です。社会的に「菅家さんは完全に無罪だ」と果たして見ているのかどうか。「元々疑われるようなことをしているのではないか?」とか、「もしかしたら真犯人なのではないか?」といった目で見るムードがあることを私が疑念の目を持って見ているのは、故三浦和義元被告人のケースがあるからです。アメリカの統治が及ぶ領域で逮捕された際、日本国内は「無罪になった元被告人を再度刑事裁判にかけるのか?」とアメリカの捜査当局を非難するどころか、「捜査の行方を見守ろう」(さらに、この事件を通じて裁判員制度の成功につなげようというメディアもあった)という世論を作りました。もともと起訴された段階で故三浦氏を推定有罪の目で見ているからこそ、こんな世論をメディア自身が積極的に呼びかけ、かつ社会的に作り上げられるのです。
 起訴自体に強烈な社会的制裁を持つ日本。そうなると、裁判で無罪を勝ち取ろうとも十分な名誉回復が期待できるわけではありません。裁判員制度のようなシステムを導入して、起訴後の手続が仮に改善されたとしても「名誉回復機能」が十分に果たされないとなれば、市民的な立場から「刑事裁判における起訴後の段階での手続を改善しよう」との世論を期待できるはずもないのです。これも欧米の市民参加司法制度の思想とは決定的に違うところです。弁護士側が市民の名誉回復を目的に司法改革を主張するのならば、「刑事裁判で起訴後の手続を改善しよう」よりは「起訴前や起訴段階の手続を改善しよう」「捜査手法を改善しよう」にならなければおかしいはずです。具体的には、検察審査会の権限を拡大して、「起訴不当」「不起訴相当」が議決できる大陪審のようなシステムを導入する考え方もあります。起訴後の手続である裁判員制度のようなシステムでは市民の名誉回復機能はまるで果たされない、となれば、こんなシステムがどんな機能を果たすかとなれば一目瞭然で、まさしく検察側が主張する「治安統制システム」の一環を担うだけです。

 近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月29日(金)

メディアの歪曲報道を指弾する

 まずは、秋葉原事件初公判と同じ日に判決のあった強制わいせつ致傷裁判員裁判に関する報道から。毎日新聞朝日新聞の記事を読み比べれば、いかに朝日新聞が事実を歪曲して伝えているかがよく分かります。秋葉原事件のような裁判についてのコメントを会見参加の裁判員・補充裁判員計5人に求めたのですが、朝日新聞は後向きな回答については徹底的に排除した上に、5人に「辞退はしない」というコメントを引き出した上でそのコメントを徹底した翼賛内容の流れの中に飲み込んでいます。特に、後向きなコメントを出した裁判員経験者がこの朝日記事を見たら、「記者会見が裁判員制度翼賛推進派に都合よく歪曲されて報道された」と激怒するのではないでしょうか?
 今までの裁判員制度をめぐる報道姿勢の極端な不公正さを考えると、上記のような異常事態が起きるのは容易に想定されたことです。というよりも、このような記者会見の歪曲報道は昨年静岡地裁浜松支部や横浜地裁の裁判員裁判で実際に起きたことです。「裁判員経験者は記者会見に出てほしい」と盛んにメディアは宣伝しています。しかし、私はかねてから一貫して主張してきましたが、そもそも記者会見を行うこと自体が、一般市民に国策宣伝させるという意味で民主主義に真っ向から反する政治手法であり許されないことです。まして、それが裁判員制度翼賛推進の目的をとった偽装・歪曲報道のために使われるとなれば最早救いようがありません。
 本日は、一昨日の検察審査会初の起訴議決に関して、大手・地方紙が一斉に社説を展開しました(なお、毎日新聞は昨日に社説掲載。彼らは裁判員制度翼賛推進にはかなり敏感です)が、まさに市民の判断を支持するといった翼賛一辺倒の姿勢です。各社説内容を比較すれば「裁判員制度と同じ日に施行された」という件もよく見受けられました。しかし、改正検察審査会法には裁判員法と連動する条文(裁判員や検察審査員の法律的辞退事由について一定期間内の経験者が辞退できる項目)があるために同時施行となっただけなので、この件に関しては、裁判員法との連動があるから同時施行になった以上の評価を下してはならないのです。各新聞社の論調は今回の検察審査会議決を通じて裁判員制度の翼賛推進を併記するような内容です。というよりも、裁判員制度絶対翼賛推進宣伝が目的だからこそ検察審査会の決定も支持する論調と言うべきでしょう。まさにメディアによる一斉翼賛、歪曲報道の典型といえます。
 私の立場は、改正後はなおさらですが、検察審査会については一定の評価をしている以上、本来ならば検察審査員として参加することには前向きな姿勢を持ちたいところです。しかし、当然のことながら、裁判員制度は絶対に認めるわけにいかないという方が絶対優先であることを考えると、社会的影響力が極めて大きい大手メディアが検察審査会を裁判員制度翼賛推進の目的で使っている現状を踏まえれば、裁判員制度が廃止されない限り検察審査会も認めるわけにもいかないという立場にならざるを得ません。

 近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月28日(木)

長期審理に耐えろというのか?

 昨日の明石歩道橋事件の検察審査会起訴議決。やはり毎日産経が社説や解説記事で裁判員制度と絡めて翼賛推進に使う姿勢を明確にしてきました。私は何度も申し上げるように、検察審査会と裁判員制度は根底的な意味で性格が異なる以上、検察審査会の意義を裁判員制度翼賛推進に持ち込むことは絶対に許されないと徹底的に批判しますし、専門家もこの問題は大きく取り上げるべきです。

 さて、本日のエントリーを考える上で本日から始まった松山地裁の裁判員裁判についての毎日記事。この記事の結びで「判決の言い渡しは評議の進行状況により、2日午後か3日午前のどちらかにある」とあります。これが意味するのは、公判開始段階でさえ公判終了のメドが完全にはついていないということで極めて重大な問題です。単一事件でも争点が少し複雑になるだけで公判日程のメドがつかなくなる可能性がある、ということは、もっと重大な事件ともなれば一体どうなるのか?想像もつきません。
 ということで、本日始まった秋葉原事件公判が大変な問題になります。この事件では弁護側が調書の大半を不同意するという法廷戦術を取ったために、夏までに22回もの公判予定が組まれるという異例の展開になります。しかも、決まっている22回で公判が終わるわけではありません。当然、死刑を争う事件である以上、弁護側が徹底的に抗戦することは予想されることです。この事件は裁判員法施行前起訴のために裁判員対象外事件ではあるものの、このクラスの事件が今後裁かれる場合に裁判員の負担は究極のものになる、という解説が各新聞に掲載されています。最初に記載した松山地裁の例でも、実際に公判が始まった流れに応じて判決期日が2月2日か3日か変わってくるのです。実際に秋葉原クラスの超重罪事件が裁判員裁判になった場合、「▼年◇月◎日まで計20回の公判が予定されていますが、終了時期のメドは全くたちません。実際に公判が始まって以降、公判予定を追って通知いたします」などと書かれた裁判員候補としての呼び出し状を受け取った方は不幸のどん底です。
 本日は、鳥取で起きた不審死事件で殺人容疑での逮捕があり、埼玉での同様の事件でもまもなく殺人容疑で逮捕という報道もありました。ともに連続殺人事件に発展する可能性があり、死刑を争うような大型事件になることも十分考えられます。さらにこの両事件では被告人が容疑を否認する可能性もあります。そんな中で本日、大阪地裁で「替え玉殺人事件」容疑の中国人被告人に無期懲役が言い渡されました。ところが、この事件も42日もの公判が行われました。被告人が無罪を主張、検察側は死刑を求刑する究極の事件である上に、外国人被告人で通訳も必要ということで公判が長引いたのですが、検察とともに裁判員制度絶対翼賛路線を先頭で突っ走るといえる産経新聞でさえ「実際の状況をみると裁判員裁判での審理は困難と思わざるを得ない」と述べざるを得ない実情です。
 オウムや和歌山カレー事件クラスの裁判に裁判員として強制任務させる負担を強いればどんなことになるか?こんなことは、裁判員法施行前、いや、裁判員制度の審議段階で分かりきっていたことです。分かっていながら「裁判員制度を絶対に作り上げて機能させる」ために国会や法曹界、メディアなどの国内権力や権威が総与党化して目をつぶったのです。極めて悪質としか言いようがありません。そういえば、福岡長崎では裁判員の解任が相次ぎました。裁判員としての究極の精神的負担に耐えられなかった可能性が高いといわれています。秋葉原事件や埼玉・鳥取不審死事件、替え玉殺人事件クラスにもなると、次々に裁判員がリタイアして補充裁判員も足りなくなるという事態、十分すぎるほど想定されることです。

 近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月27日(水)

「定数訴訟違憲判決」批判社説を評価する

 つい先ほどのニュースですが、明石歩道橋事件で神戸の検察審査会が連続2度目の起訴相当議決をしました。この結果、昨年改正された検察審査会法が初適用となり、当時の県警副署長が裁判所指定の弁護士によって起訴されることになりました。検察審査会法の改正は私としては意義を認めることはできますが、これが裁判員制度推進論に大いに利用されることは絶対にあってはなりません。権力監視機能が比較的働きやすい検察審査会と権力の側から権力に最も都合の悪い市民を裁かせる裁判員制度はまるで質が違うものだということを我々は伝えていかねばなりません。なお、神戸の検察審査会といえば、明石事件だけではありません。そうです。歴代社長起訴問題が検察審査会にかけられ、一度目の起訴相当議決がなされた「JR尼崎脱線事件」が次に控えているのです。その意味でも、「本来は潰すべき会社」と前原大臣が述べながら会社更生法で再生を図るJALと併せて、JR西日本の不買運動はこちらで続けます

 さて、広島高裁でも昨年の総選挙における「一票の格差」違憲判決が出ました。先日の大阪高裁といい、違憲判決の流れが定着するのでは?とも言われています。ところが、その広島の地元紙中国新聞がこんな社説を掲載しました。一票の格差違憲判決をむしろ批判する論調です。
 最近の新聞各社の報道姿勢は、定数訴訟違憲判決について「一票の格差」は基本的に容認すべきでないとして、大手メディアを中心にほぼ翼賛評価一色の内容でした。しかし、実際に訴訟を起こした地の地元がこのような論調を出してきたのは評価すべきところです。果たして、一票の格差是正が絶対的に良いとか?という疑問を投じる意味は少なくないものがあります。そして、この社説の論拠となるのは、基本的に以前から私が述べてきた内容と同じです。すなわち、都市と地方には経済格差があるから人口が都市に流入して一票の格差が生じる、逆にいえば、政治的配慮な過疎地だからこそ一票の価値が高いともいえるわけです。最近の新聞論調から見て中国新聞がこの点に着目して「地方には、過疎など地方ならではの課題を抱えており、少数というだけでその訴えがかき消されるようでは、別の意味で平等の理念に反する」など本論として述べた例は多くありません。
 私がかねてから主張してきたのは、一人一票実現国民運動の賛同人構成メンバーは、明らかな小泉改革路線、新自由主義政策推進の目的だと見えることです。新自由主義改革路線に日本の国民は最近の国政選挙で「NO」を突きつけました。となると、一票の格差是正運動にしても、この構成メンバーの思想からすればマユツバもので見なければならないことになります。おそらく中国新聞に限らず地方紙メディアもこの点に気づいていますし、現実に社説では少しではありますが「地方、過疎地の実情にも配慮せよ」といった文言も入れています。私はその点を踏まえて、一人一票実現国民運動の賛同人構成メンバーには「訴訟を起こすほど政治意識が高いのならば、お前らが一票の価値の高い地域に移住してから訴訟を起こせ。それをしない訴訟は、経済的恩恵をそのままにした上で政治の権利も二重取りする傲慢訴訟」との非難を徹底的に続けます
 そして、中国新聞など地方紙メディアには、裁判員制度も「その存在が根底的に間違っている」ことに早く気づくことで、「制度そのものの存在を批判する社説を早く掲載せよ」と呼びかけます。本日は新潟日報で「最後の裁判員裁判第一号」関連社説が掲載されましたが、今までのメディアと同じような論調でした。しかし、一部の地方紙では制度そのものの存在が疑問視され始めてきています。裁判員制度は「全国一律」でなければ成り立ちません。その意味でも、一部を崩すだけでも大きな効果があるからです。

 近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月26日(火)

新潟・松本抗議活動お知らせ

 さて、新潟で日本最後の「管内第一号裁判員裁判」が行われるということで、私は新潟第一号の選任手続がある3月15日(月)、長野地裁松本支部で裁判員裁判が開始される16日(火)にそれぞれ当地で抗議したいと考えております。私と一緒に抗議活動に参加される方も募集しております。詳細は後日触れたいと思いますが、一応のプランだけを記載しておきます。興味、関心を持たれる有志の皆様は、koyamain@power.interq.or.jpまでご連絡頂ければ幸いでございます(参加予定の方は、氏名、性別、携帯連絡先を明記お願いいたします)。

◎3月15日(月)
 東京9時12分→(上越新幹線Maxとき313号)→新潟10時49分
・新潟地裁前抗議活動(11時30分頃〜13時頃)
 新潟14時→(快速くびき野2号)→直江津又は新井で乗換→(普通列車)→長野18時12分
 長野18時15分→(普通列車)→松本19時34分(松本駅近く泊)
(接続時間の短さ、および、豪雪地ゆえの列車遅延の可能性もあるため、一本列車を延ばして長野18時52分→松本20時9分の可能性もあります)

◎3月16日(火)
・長野地裁松本支部前抗議活動(8時か9時頃開始)
 松本からの出発時間は、参加者の皆様の都合及び抗議活動の進捗状況次第で適宜変更いたします。

 参加料金は、東京→新潟上越新幹線、松本→新宿特急利用の場合は25000円〜30000円(交通費、宿泊費、食費、その他諸経費込み)、新潟地裁抗議活動〜松本支部抗議活動のみ参加(信越地区在住の方は無論、青春18切符で関東地区ほかから参加される方にも便利なプランです。ただし、夜行列車「えちご」号は運転していないので注意)の場合は10000円〜15000円(交通費、宿泊費、食費、諸経費込み)を予定しております。行程や料金などは参加を希望される人数や皆様の都合に合わせて決めたいので、詳細については追って述べたいと思います。

 中津川で起きた一家5人殺害事件(検察側死刑求刑)の控訴審で、一審の無期懲役判決が名古屋高裁でも支持されました。控訴審レベルで、5人殺害事件でも情状酌量の余地ありとして死刑回避されたことを考えるとますます判断基準が分かりにくくなったといえそうです。そんな折、昨日には大阪で一家3人殺害事件の容疑者が逮捕されました。押尾事件もそうですが、ますます判断の難しい事件が続出するという感を否めません。そんな中、沖縄でとんでもない事態が発生しました。琉球新報からですが、強盗致傷容疑で逮捕されながら処分保留で釈放された男性について、今度那覇地検が強制捜査に乗り出したとのことです。同じ琉球新報記事からですが、「検察主導の家宅捜索は、東京地検や大阪地検など特捜部を有する地検が政治家の汚職事件などの強制捜査で実施するが、一般人を容疑者とする通常の刑事事件で検察が強制捜査に乗り出すのは極めてまれ」です。すなわち、検察主導で推進する裁判員制度を何としてでも定着させるという強権的態度をモロに見せたということに他なりません。一時は裁判員裁判対象外事件になるのではともいわれた押尾事件についても、裁判員裁判対象事件として起訴したのは「何としてでも裁判員対象事件に」との検察の強権的姿勢ともいえましょう。ともあれ、網にかかれば逃れられないといわれる検察捜査の対象が、「裁判員制度絶対翼賛推進」の目的という名目で一般市民にも広がった意味において極めて恐ろしいことです。
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2010年1月25日(月)

責任転嫁を徹底するメディア

 ご存知の通り、名護市長選は普天間沖縄米軍飛行場の辺野古への移転反対派で新人の稲嶺進氏が現職を破って当選しました。この件に関して保守系新聞は社説で責任転嫁ともいえる批判をしています。名護市民の選択について「名護市民は誤った選択をした」などと直接批判しようものならば、さすがにこれは民主主義国家としてあるまじき報道になりますから、どこに責任を求めるかとなれば、「鳩山総理自らが普天間移設問題で迷走を続け、辺野古移設反対派を勢い付かせたのが原因だ」という論調になるわけです。
 こんな社説を掲載する背景には、上記のような社説を書くメディアのスタンスとして、「日米同盟維持・普天間飛行場辺野古移転は絶対的前提」という結論があるからです。その結論と真っ向から相容れない民意が示された場合にどうするかといえば、示されたはずの民意を歪曲解釈したり、自らの主張に反する結果を招いた原因についてどこかに責任転嫁することになるのです。アメリカでも報道されたほど今回の名護市長選挙は完全に普天間移設問題が争点でしたので民意の歪曲解釈はできません。となると、普天間の辺野古移設を推進するスタンスのメディアにとってはどこかに責任転嫁するという方法しかなくなるのです。
 結局、責任転嫁先として最も都合が良いのは、普天間問題に限らずメディアの主張スタンスに相容れない政権与党、そしてその長である鳩山総理となるわけです。日経新聞などは現政権誕生当時から鳩山政権が誕生したこと自体を批判というよりも非難する本音が見えていました。選挙という民意で誕生した政権にも関わらず、「総理は君子豹変せよ」とか、「方針を変えるのは民意への裏切りではない」といった内容の社説が掲載されたこともあります。そんな報道姿勢を取るのも、メディアの主張スタンスからして鳩山政権は完全に相容れない、真っ向から反する主張だからこそです。
 このように考えると、メディアを含めて国内権威が総与党化する裁判員制度が潰れでもすればどうなるか?まず、裁判員制度崩壊を免れるべく民意の「NO」を歪曲解釈する報道姿勢は徹底していますが、それを踏まえても裁判員制度は現実的に立ち行かなくなる寸前にまで来ています。となればメディアとして責任転嫁を計る姿勢が出てくるでしょうが、はっきり言って「権威が総与党化した」裁判員制度には基本的に責任転嫁先はありません。もっとも、転嫁先として「国民が育てなかったのが原因だ」とか「弁護士のうち裁判員制度反対派が市民の反対民意を扇動した」というやり方はありますし、現実に大手メディアの報道姿勢としてありました。しかし、裁判員制度が実際に破綻したときにそんな報道をしようものならば、我々は「総与党化して国民をダマしたウソつきメディア」と徹底的な非難世論を煽るまでです。

 そういえば、オバマ大統領が陪審員候補になったそうです。しかし、日本では鳩山首相ほか国会議員や上級官僚などは就職禁止職種という扱いになっています。就職禁止という表現でいかにも「権利がない」という言い方をしているのですが、まさしくこの実態は「特権階級」扱いです。こういった態度にも裁判員制度の実質的な意味が垣間見えるとしか言いようがありません。

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2010年1月24日(日)

冤罪が再発しても仕方なし?

 国会では捜査可視化法案提出問題が小沢幹事長及び秘書捜査と関係する形で政局がらみの案件ともなっています。しかし、可視化法案の目的は足利事件のような悲劇を招かないことにあるのであれば、本来は政局とは切り離すべき事案です。むしろ、可視化に反対する保守系論者がこれ幸いとばかり「可視化法案は政局との絡みだ」と批判する材料にされる分、悪影響を及ぼす危険性もあります。ただ、さすがに足利事件の再審公判が現実に行われている中で「可視化法案は政局に絡めたものだ」という批判は市民に受け入れにくいものがあるのでしょうか、本日の北国新聞社説は2日前の論調を反省したような内容になっていました。
 足利事件再審公判においては検察の態度が大問題になっています。元検事が証人尋問に立ちましたが、「深刻に受け止める」とは証言したものの、一切謝罪の言葉はありませんでした。謝罪をしないということは、以降冤罪が起きたところで「起きたら起きたで仕方ない」と言ったのと同じです。世界からも非難される人権無視の取調べはそのままにすれば冤罪が再発するのは間違いないでしょう。いや、取調べ問題に加えて、裁判員制度を機に裁判員への負担緩和を名目とした残酷証拠の現物からCGへの変換が行われるなどしていますが、捜査当局に都合良く証拠が変造されかねない問題も出ています。冤罪が起きる構図を改善しないばかりか、冤罪が起きる構図を追加するのだから救いようがありません。
 足利事件再審公判で元検事が反省しない態度について、「今後の国家賠償請求など責任問題に発展するのを恐れるため」という識者の批判がありました。まさしく権力内部の論理に基づく責任転嫁の姿勢としか言いようがありません。検察が責任問題を回避することで泣きを見るのは誰かといえば、菅家さんであり、冤罪を争う裁判で戦っている被告人や関係者・支援者であり、今後でっち上げでつるし上げられるかもしれない市民全員なのです。検察が今回の件について一切反省せず「冤罪が起きたら起きたで仕方ない」という態度をとるのであれば、裁判員制度で市民が冤罪法廷に巻き込まれるのは絶対に「ご免被る」です。
 そして、足利事件の冤罪を生み出した検察など法曹のプロはもとより、政党やメディア、財界まで寄ってたかって推進している裁判員制度。失敗したら「自らの誤りを認めない」この国に根強く残る悪弊ゆえに国民への全責任転嫁が行われるのは間違いありません。私は絶対に責任転嫁の姿勢は許さない所存です。国内権威が総与党化した以上は、この件に関する責任追及は全世界に広めるまでです。この件が元でわが国の信用が世界的に失墜しようが、それは仕方ないことです。

 近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月23日(土)

裁判員対象事件を減らす?

 ついに昨日、全国で最後の第一号裁判員裁判となる新潟地裁の日程が3月15日選任手続〜3月25日と決まりました。ロシア・ウラジオストクから覚せい剤を新潟東港に密輸したとされるロシア人被告人の事件です。一方で、本日の新潟日報社説ではロシア極東空路が成田にも開設される影響を懸念した件が記載されました。新潟はロシア極東空路や朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のマンギョンボン(万景峰)号入港地など、環日本海交通の拠点として発展してきましたが、今回の事件は新潟という都市の特性を悪用したものです。抗議活動が行われるならば私は出向きたいと考えております。
 さて、メディアや法曹界は「順調に定着してきている」と裁判員制度を一方的に翼賛評価していますが、現実はどうかといえば、昨年実際に行われた裁判員裁判は138件にすぎません。一方で昨年裁判員対象事件で起訴された人数は1212人。昨年の裁判員裁判実施ペースで今年もこなそうなどといえば到底無理な話です。ですから、今年は3月までで昨年の裁判員裁判の数を上回る件数が裁かれることになります。しかも、昨年裁かれた事件は裁判員裁判の中でも比較的軽微な事件。強盗殺人事件の無期懲役判決が一件ありましたが、多くは単数、単一犯、自白事件でした。対して、今年は2月の鳥取地裁では死刑求刑が予想されます。新潟地裁のように被告人が否認するケースも多く、裁判員が2週間拘束される事件も現段階でさえ相当数あります。特に千葉地裁は大変で、今年1月18日には5件の裁判員裁判が行われ、2月24日には6件が予定されています。
 こんな調子では、現場の法曹にとって「法律がある以上はこなさなければいけないが、とてもこなせないし、やりたくない」のが本音です。となると、対象事件をどうしても絞ってくれ、という現場の要求が出るケースも考えられます。ここで問題となるのはどんな事件を対象から外すか?ということです。まず真っ先に考えられるのは、被害者からも要望の強い性犯罪です。ところが、裁判員対象事件は罪が重い順に[1]最高刑が死刑の事件[2]最高刑が無期懲役の事件[3]故意の犯罪行為による致死事件([1][2]に該当するものを除く)です。性犯罪は大半が[2]に該当する事件なので、[2]だけを外して[1][3]だけを裁判員制度対象事件に残すのは法のバランスからしても無理があります。他の裁判員制度対象外事件との絡みもありますので、仮に性犯罪を外すという大義名分の下で裁判員制度対象事件を絞るとすれば、最高刑死刑事件だけを残すという形しかありません。裁かれる事件の大半は殺人事件か放火事件になります。
 最高刑死刑事件だけを残すという事件の絞り方をすれば、ますます治安統制的性格の強さを帯びるという事態になりかねません。一昨日にエントリーしたような事件というよりも社会問題として裁判員制度を捉えるということはより無理になるでしょう。そんな事態を招かないために一番良いのは、裁判員制度そのものを廃止することではないでしょうか?

 近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月22日(金)

検察も報道も信用できぬ

 民主党が小沢幹事長捜査問題に関して「情報漏洩問題対策チーム」を設置することになりました。民主党にとって「検察による捜査情報の報道機関へのリークが行われているのではかいか」との疑いを持っているからです。私は民主党の政治そのものは必ずしも信用しているわけではないのですが、とはいっても、民主的基盤を持たない検察や報道機関が暴走するよりはまだマシです。検察と報道機関が一体化して民主的基盤を持つはずの政権を攻撃するとなれば、これは民主国家にあるまじき危険な事態を招くからです。
 まずは本日の毎日新聞社説。毎日新聞に限らず、閣僚が「(小沢幹事長関連事件報道について)関係者によると、という表現は何の関係者か分からないから不適切だ」と記事やテレビニュース批判をした件について、各新聞社は社説で徹底批判しています。特に総務省発言ともなれば、「報道への政治介入につながりかねず、報道の自由を脅かす」という報道機関の批判は一見真っ当なものに見えます。しかし、そんな批判を言う資格のある姿勢を報道機関はとってきたのでしょうか?上記毎日新聞社説にその権威性がしっかりと見えており、「裁判員制度が始まるのを機に、毎日新聞は、事件・事故報道の記事スタイルの一部を見直した」という表現にモロに現れています。今回の小沢幹事長関連事件は裁判員制度と直接関係はありません。本来関係のない「裁判員制度」という表現を、社会的関心の高い事件を通じてわざわざこの社説に入れたところに、マインドコントロール的な悪質性を見るしかありません。彼らは「政治から独立すべき報道の自由」を高らかに喧伝する一方で、都合次第では権力と一体化して市民に対するとんでもない人権侵害を平気で行うのです。彼らには「報道の権力性」についてまるで自覚がないのだからより悪質です。
 一方で、今回の検察捜査手法についても大いなる批判が必要です。本日は産経新聞北国新聞に社説が掲載されましたが、取調べ可視化に反対する立場の保守系メディアが、石川議員捜査についての検察リーク問題も絡めて、ここぞとばかりに「可視化法案提出は政治的思惑に基づくものだ」といった批判を出してきました。この2つの社説には足利事件は一言も出てきません。よりによって足利事件冤罪再審公判がまさに今行われています。こんな時期にこんな社説を掲載して市民の理解を得られるのか?という疑問は尽きません。本日の新潟日報社説では本来推進すべき可視化問題が、政治的思惑の疑いを持たれることで後退することへの懸念も示されているのです。
 政治的思惑で権力・権威同士の足の引っ張り合いを続ける日本の政治情勢。市民はこんな「政治とカネ」の問題よりも政策で競えという民意を示しています。こんな政局大混乱のツケは、結局最も弱い立場の市民であったり、元無期懲役囚の菅家さんにかかってしまうのです。民主党もそうですが、検察も報道機関も実際的にはまるで国民の方向を向いていないからこそ、こんな足の引っ張り合いをするのです。

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2010年1月21日(木)

取ってつけた裁判員制度の意義

 ご存知の通り、北海道・砂川市有地の対神社無償提供についての違憲訴訟で、最高裁が違憲判決を出しました。この件については違憲を妥当とする論調が大半を占めましたし、保守系の讀賣新聞もどちらかといえば違憲判断に理解を示す内容でした。しかし、産経新聞だけは合憲の反対意見を述べた判事の意見を支持する立場を示し、メディアによる総与党違憲支持という事態を避けられたことは評価したいと思います。

 本日は毎日新聞コラムから2つ、岐阜版ニュースUP欄を。岐阜の偽札事件、大阪の家主殺人未遂事件、いずれも裁判員裁判における被告人の境遇をめぐる記事です。
 確かに、このようなニュースが、事件そのものというよりも社会全体が抱える問題としてクローズアップされ大きな世論として喚起されるのであれば、私も裁判員制度の意義として大きく認めることはできると考えています。しかし、私がこれらの記事を「取ってつけたような裁判員制度の意義強調」とマユツバもので見ざるを得ないのは、メディアが取り上げたとしてもあくまで一過性の効果しかないためです。また、事件そのものも大きなニュースになりにくいものですし、裁判自体も数日間で終わるのではメディアが大きく取り上げろということ自体に無理もあります。どうしても市民の関心は上記のような類似例が多く起きる事件よりも猟奇的な凶悪事件に移りやすいですし、それをメディアが視聴率や販売部数稼ぎのために商売ネタとして利用します。さらにいえば、猟奇的な凶悪事件はどうしても捜査や裁判が長引くこともあり、商売ネタとして長続きするという特徴もあります。
 そうなると、凶悪事件を扱う裁判員制度の意義として強調されるのは、上記記事のような件数の多い事件よりも、凶悪事件中の凶悪事件という部分になるのは間違いありません。最近の例でいえば英国人英語講師女性殺害事件や埼玉や鳥取で相次ぐ不審死事件、あるいはこれは特異なケースですが、元有名タレントが薬物使用で有罪判決を受けた後に新たに交際女性を放置して死亡させた事件などです。いかに上記記事で例に挙げたような事案で裁判員制度の社会的意義を強調しようとも、質、両ともに市民を圧倒する凶悪中の凶悪事件の報道姿勢を考えると、どちらが社会をより強く動かすかは一目瞭然としたものです。
 少し考えても見れば分かるもので、もともとこの裁判員制度が市民世論として出てきた背景は、何といっても山口光市母娘殺害事件被害者の「司法が被告人を殺さなければ自分が殺す」発言です。すなわち、裁判員制度の根幹的・究極的思想が「凶悪中の凶悪犯罪者を死刑にする」目的と言うしかないのです。というのも、単に厳罰化する目的だけならば刑法を改正して厳罰化すれば良いという意見もあるのですが、裁判員制度を導入しなければいけないのは、刑法改正では厳罰化できない部分、すなわち、死刑絡みの事案があるからです。「今の職業裁判官では絶対に死刑にしない」事件を裁判員に担当させるというのがまさしく根本的な制度導入の狙いです。この本質性に正面から向き合わず、あるいは、分かっていながら目をつぶるような上記の記事(に限らず、裁判員制度を被告人の目から見るような記事)は極めて欺瞞性が高いというしかありません。

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2010年1月20日(水)

再び住基ネットと裁判員制度

 福岡地裁では遺体写真を見られなくなった女性裁判員が解任される事態が起きました。まさしく徴兵制度同然です。一方で、高知地裁第一号事件では聴覚障がい候補者への無神経対応が大問題になっています。結局は裁判員制度が「市民」を将棋のコマのように扱って使い捨てにする本質が顕になったというしかありません。

 さて、名古屋市の河村たかし市長が「住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)離脱意向表明」をしました。住民基本台帳ネットワークは行政効率化の一環として行われてきましたが、河村氏は民主党国会議員だった当時から反対派として活動しており、今回、名古屋市長としてネットを直接管理する責任者の立場での意向表明をしたことになります。現段階で東京都国立市と福島県矢祭町が不参加状態になっていますが、何といっても政令指定都市の名古屋市による宣言が住基ネットに与える影響は計り知れません。
 河村市長意向表明の重大なところは、最高裁で住基ネットが合憲判断された後に行われたことです。現実に最高裁判決が出て以降、保守系全国紙の産経新聞や讀賣新聞が「国立市や矢祭町も早く住基ネットに接続せよ」という社説を掲げました。そして、旧自民・公明政権は違法状態にある不参加自治体に対して「住基ネットに否応なく接続させる」ための新たな対策法案を出そうとしていました。しかし、皆様もご存知の通り、昨年の政権交代で自民・公明政権が倒れ、河村名古屋市長が国会議員時代に所属していた民主党が政権の座についたことで、住基ネットは法律自体変わる可能性が出てきたということです。確かに最高裁では違憲判決は得られなかったですが、住基ネットを廃止してくれる可能性のある政権を選択すれば法律自体が変わる可能性がある、という考え方は納得できるものです。
 この考え方を裁判員制度に持ち込めばどうなるか?裁判員制度の憲法違反性に関して最高裁判決はまだ出ていませんが、最高裁自らが不正を働いてまで宣伝していることを考えると、事実上「合憲判断」をしたという評価を下さざるを得ません。それでは裁判員制度を廃止してくれそうな政権を我々が選択するという手法はどうか?ところが、既存の政党は「オール与党化」ですから、裁判員制度廃止法案を国会で議席を取って提出するという「正攻法」はほぼ通用しません。ですから、我々としては「正攻法」以外の方法をもって裁判員制度を潰すしかないと考えております。
 なお、住基ネットを潰すことが出来たら裁判員制度への影響も出ることは間違いありません。というのも、候補者作成・管理に住基ネットが使われているからです。実は、候補者名簿作成・管理については深い問題が潜んでいます。この件に関しては後日触れたいと思います。

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2010年1月19日(火)

安保50年を機に考え直せ

 昨日バンクーバー冬季五輪の結団式が行われました。ところが、会見場のJOCオフィシャルスポンサーとして、本日会社更生法適用申請をしたJALが名を連ねていたのです。次日に「墜落」することが分かっている会社がスポンサーに付いているなど、縁起の悪さは計り知れないものがあります。本番で日本選手の成績が「低空飛行」となれば、まさしくその責任は「JALの呪い」といわれるのは間違いないでしょう。そんな意味で、JALが日本選手団に迷惑をかける事態を招かないよう、JR西日本と併せて不買運動をこちらのサイトで継続いたします。

 本日は旧日米安全保障条約が署名されてからちょうど50年の日にあたります。その意味で本日、日本とアメリカ合衆国の双方の官僚が共同文書を発表しました。また、各新聞が関連社説も掲載しております。しかし、その中身はというと「日米同盟の重層的な発展を」といったものばかりで、護憲側に立つ新聞の論調も、日本国憲法9条と根底的に相容れない核密約が事実上発覚しようとも基本的な意味で日米同盟の存在は絶対的前提としたものです。
 私の考えは一貫して「核密約など平和憲法と相容れない内容がある限り日米同盟は原点からインチキであり、日米同盟の存在を絶対的前提とした9条護憲はありえない。日米同盟は原点に戻って議論し直せ」です。もっとも、核密約の存在を認めた上で、日本国憲法9条に相容れない内容は徹底的に見直すという条件をつければ「日米同盟破棄」が不要になる余地は残しますが、護憲側新聞が「核密約問題など徹底的に見直せ」とは言わないように、現実的な意味でそのような動きになる可能性は低いと考えられます。となれば、日米同盟の存在を前提にした護憲論はまさしく「机上の空論」となるわけです。それどころか、護憲側に立っていたはずの新聞が、事実上の核密約発覚後は護憲論調が極めて弱くなり出しています。核密約と9条とは根底的に相容れないことは新聞社側も分かっていますから、日米同盟の存在を前提とする限りは現実的な意味で明文改憲をある程度は容認せざるを得ないというムードになって当然なのです。
 一方、最近の産経新聞「正論」も興味深い記事が次々に出ています。本日1月7日他にもあるのですが、保守系論客が日本・中国連携、反米路線転向の現実味を危惧しだしたことがあります。従前にはほとんどこのような危惧を唱える論客はいませんでした。これも民主党政権誕生かつ小沢幹事長の外交姿勢を見るにつけての、保守側の危機感と捉えて良いでしょう。本日の正論では中国の影響下に入るという危惧が唱えられていますが、これに対してはアメリカの「核の傘」影響下にある現状をどう捉えるのか?というしかありません。どちらにしても、国土の大きさ・資源の量からしても日本の「身の丈」は小さいのです。アメリカにせよ中国にせよ大国の影響下で存在する運命からは免れ得ないという実情があります。そうなれば、今後の日本を考える上でアメリカべったりが本当に良いのかどうか?といったところから考えるというのも一つの手であるというのは説得力を持つのです。
 私は生まれた年代から50年前の安保闘争のことを生の目というレベルでは全く知りません。しかし、「戦争に巻き込まれた苦い経験を生で持つ」人たちが戦争反対を掲げて戦った歴史は大変重いものがあります。当時の権力者はメディアなども巻き込み日米安保を絶対的前提として市民に押し付けました。その中には核密約隠蔽という不正も働きました。あまりにも反対運動が長引いたことで大規模デモによる機動隊との激突、死者が出るほどの大混乱が起きると、権力と一体化したメディアが「7社共同宣言」を出してまで押さえつけました。今の裁判員制度にもまさに同じことが言えます。我々は裁判員制度絶対廃止運動の旗を決して降ろしませんが、運動がさらに広がりを見せた場合に50年前と同じようにメディアが「6社共同宣言」(当時と比べて東京タイムスが破綻したため1社減)などという暴挙を働けば、我々はさらに混乱を拡大させるまでです。裁判員制度絶対廃止運動を機に、日米安保そのものも徹底的に考え直せというところまで広げることも必要です。というのも、裁判員制度がある意味では「アメリカの規制緩和要求」から生まれたという側面もあるからです。

 なお、本日福岡地裁小倉支部の初裁判員公判日程が決まったことで、朝日新聞新潟版からですが、日本で唯一初公判日程が決まっていないのが新潟地裁だけとなりました。朝日記事でも見られるように、ロシア人の事件は複数犯外国人被告人で否認事件、また、高島弁護士が担当するわいせつ致傷事件は別事件との併合問題が絡み「裁判員制度は憲法違反」との主張がなされています。県弁護士会が「裁判員制度延期決議」を日本で真っ先に出すなど、新潟はまさしく専門家による裁判員制度への抵抗先進地です。新潟に限らず、このような抵抗活動が次々に起きることを期待しております。私としては海外への呼びかけを継続いたします。その意味でも、近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月18日(月)

外国人参政権には疑問

 本日召集される通常国会。ところが、その直前に異常ともいえる東京地検特捜部による現職国会議員の逮捕。特捜部は「不逮捕特権とは関係ない」と説明していますが、情勢から見ても国会会期中を避けるために召集直前の強制捜査・逮捕と見られても仕方ありません。客観的にそう見られても仕方ない異常な捜査手法が大きな問題です。私は「裁判員制度に賛成票を投じた」民主党自体も信用していないですが、今回の検察捜査は輪をかけたヒドいものです。特捜部のターゲットは何といっても小沢一郎幹事長です。
 さて、本国会の焦点の一つに外国人参政権の問題があります。在日外国人に地方参政権を与えようとの政策ですが、この政策に対して保守系論客から異論が噴出しており、また、右翼と呼ばれる勢力が全国的に抗議活動を行っております。大きな問題になる理由の一つに、小沢幹事長の選挙戦略が絡んでいることがあります。外国人参政権に対する各政党の姿勢は、野党では自民党が反対なのに対して公明党が推進側に立ち、また、連立を組む与党内でも国民新党は慎重姿勢ですし、民主党内でも反対派議員がいます。すなわち、この問題を次の参議院選挙に向けて、野党分断と同時に与党引き締めを図る狙いがあると言われているのです。
 ところが、外国人参政権は国家統治の根幹に関わる問題です。本来は国民的議論を十分にした上で論じられなければならないものです。十分な審議をしないままに、国家統治の根幹に関わる政策が一時的な国内論理の政局絡みで拙速に決められることの危険性です。国家統治の根幹に関わる問題が権力側の論理で拙速に決められてしまい、後になって実際に運用する段階でとんでもない問題噴出となるのは、まさしく裁判員制度で実証されています。権力総与党化の裁判員制度とは違った意味かもしれませんが、国家統治の根幹に関わる問題だけに本来は慎重な審議を求めるべきところです。法案の中身にも問題があります。日本と国交のない国籍を持つ外国人には参政権を与えない方針は、いかにも大義名分のある理由に見えながら、実際は反朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)感情を背景にした世論対策としか言いようがありません。
 ちなみに、私のブログの論調からすれば意外かもしれませんが、私個人的には外国人参政権には基本的には反対の立場です。というのも、日本の場合、もともと陸続きの国境を持っておらず、外敵から守る基本の「水際」には特に慎重な扱いをすべきだと考えているからです。海による地理的な防衛線が非常に重要な意味を持っている以上、外国の政治的影響が入ることにはより慎重にあるべきです。海外では同じような制度が導入されているから日本も導入しなければという考えはあまりにも短絡的で、これも「裁判員制度」に通じる重大問題です。

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2010年1月17日(日)

政情混乱が市民を不幸にする

 本日は阪神・淡路大震災から15年の日になります。折りしも、海の向こうハイチで大地震があり、20万人ともいわれる人々が亡くなったとも言われています。死者20万人といえば、インド洋・スマトラ島沖大地震津波の被害規模です。自然災害は確かに大変な被害をもたらしますが、一方で人災の側面が出るケースもあります。というのも、政治の機能不全のツケは最も弱い一市民に降りかかってくるからです。
 ハイチの場合、独立以来長年にわたって政情が不安定なまま近代を迎えました。そのため、いまだに市民の多くが貧困にあえいでおり、隣国のドミニカ共和国と比べても市民の平均所得は6分の1程度といわれています。市民からの抗議デモがおきて治安部隊との衝突が頻発するというパターンはハイチに限らず政情不安定な国には多くあります。こんな国で大規模自然災害が起きたらどうなるか?ただでさえ混乱した政権では統治しきれない事態が起きます。今回のハイチでさらに不幸なのは、政府建物が地震で崩壊したり国連スタッフが入る建物が崩壊して多数の死者が出たために、より混乱に拍車がかかる事態になってしまったことです。ハイチに限らず、スマトラ津波、ビルマ(ミャンマー)でのサイクロンなどでも政情不安定な国の被害は非常に大きなものでした。
 日本の阪神・淡路大震災でも初動の遅れで被害を拡大させたという批判がありました。政治がしっかり機能するかどうかは、特に大規模自然災害のケースでは被害規模という形で白日の下にさらされます。その意味で、今の政治情勢の中で15年前のこの日を迎えていたら?と考えると恐ろしいものがあります。関西で大震災が起きているのに、検察が「今捜査しなければ国会が始まって議員が逮捕できなくなる」という論理を優先して強制捜査でもしたらどうなるか?検察への国民的批判は痛烈なものになるに決まっています。一行政機関にすぎない検察が大震災に対応できる組織であろうはずもありません。もちろん、検察も大規模自然災害が起きる事態でもなればさすがにそこまで非常識な捜査は自粛するかとは思います。しかし、今回の小沢民主党幹事長側近への強制捜査手法を見るにつけ、検察の権力志向は「大震災が起きようが捜査をやりぬく」という姿勢を持っても不思議ではありません。
 今の日本の政情混乱は民主党vs検察の構図です。民主党も検察もここまできた以上は引くに引けない状況といえましょう。しかし、裁判員制度の是非が国民的混乱を招けば、これは国民全体vs検察を含む権力・権威という全面対決になります。すなわち、今の日本の政情混乱以上の異常事態を招くのです。だからこそ、総与党化した権力・権威は「市民の民意も認めない」姿勢を徹底していると言うしかありません。当然、我々としても絶対に一歩も引かない覚悟です。というのも、権力・権威側が人道的見地から根底的に間違った政策をしているからです。裁判員制度をめぐる政情混乱がおきれば、現状以上の不幸が市民に襲い掛かるかもしれません。しかし、そんな事態を招いた責任は、人道的見地から根底的に間違った政策を強行した総与党化権力・権威側にあるのです。

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2010年1月16日(土)

国策捜査に断固抗議を!!

 東京地裁立川支部で行われた暴力団関係者被告人の覚せい剤密輸裁判員裁判で傍聴席に被告人関係者がいたケース、静岡地裁本庁第一号の殺人事件で傍聴席からヤジがとんだケース、ともに裁判員経験者が「傍聴席が怖かった」と感想を述べました。普段はそんな覚悟をする必要のない市民まで強制徴用するのは、まさしく「徴兵制」の思想と同じです。一方、立川の覚せい剤密輸裁判員裁判では、密輸の主犯格容疑者が中華人民共和国に逃亡していたため、国際刑事警察機構を通じて指名手配、中国当局にも捜査協力を依頼した上で、滞留ビザ期限切れによる不法残留、強制退去を待った上で容疑者を逮捕しました。もっとも、中国は薬物取引で死刑になる国ですから、容疑者としても、いかに日本の裁判員制度が非人道的とはいえ中国の裁判に比べたらまだマシと考える方が大半だと思いますが。ともかくも、日本の裁判員制度について海外への非難呼びかけは重要な意味を持ちます。近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。

 さて、ご存知の通り、民主党・小沢一郎幹事長の元・現秘書が「政治とカネ」の問題で3人も東京地検特捜部に逮捕されました。そのうち1人は現職の衆議院議員です。
 いかに小沢代表が「政治とカネ」の問題があり、国民に対する説明責任を果たすべきという世論があることは認めるにしても、国会召集の直前というこの時期に与党幹部を捜査対象にした上で、現職の国会議員を逮捕するというのは異常極まりないものです。国会議員にはご存知の通り「不逮捕特権」があり、国会開会中は逮捕許諾請求が必要になります。国会開会中に逮捕許諾請求をするとなれば、与党幹部を捜査ターゲットにする以上、許諾されない可能性も十分考えられます。東京地検にとって「今のうちに逮捕する必要がある」と考えての行為だ、と世間に見られても仕方ないでしょう。しかも、国会議員は誰しも「政治とカネ」の問題を抱えています。検察が本気になって動けば国会議員ほぼ全員逮捕される可能性があるのです。
 この手法は我々の裁判員制度反対運動にとっても「対岸の火事」では済まされません。裁判員制度は「治安政策」という観点で法曹の中でも検察が最も積極的に推進しています。ですから、裁判員制度絶対廃止運動が今以上に盛り上がれば、検察がどんな手を使ってでも潰す危険性については考えておかねばなりません。高山俊吉弁護士に対する懲戒処分・日弁連会長選立候補資格剥奪の手法も根は同じです。国家に都合の悪い活動をすればどんな処分をも下すという権力側の姿勢の現れです。高山弁護士への懲戒処分基準をもって公正な懲戒処分を行うとなれば、弁護士全員が懲戒対象になります。
 政治にある程度の興味を持つ層であれば、今回の捜査手法の異常性は何となく分かる方も多いでしょうが、問題は政治にあまり関心のない層の考え方です。逮捕された段階で犯罪者のレッテルが貼られて社会的に抹殺されるほどの制裁を受ける、それほど逮捕される段階で社会的ダメージが大きいのが日本社会です。検察側も逮捕されることの社会的ダメージを考えた場合、「国策捜査」と批判されることだけはどうしても避けたい考え方もあります。しかし、今回の捜査では「体制維持のためなら国策捜査も辞さず」という姿勢がモロに現れたと言うしかありません。となると、高山弁護士への懲戒処分だけで裁判員制度反対運動が収まらなければどうなるか?今度は検察が本気で動く危険性も考えなければなりません。
 裁判員制度反対運動が検察に潰されるという事態を招かないためにも、今回の異常な捜査手法について、徹底的に「国策捜査」の世論を挙げることが重要です。これについては、民主党幹部の「政治とカネ」の問題とは切り離す考え方が必要です。
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2010年1月15日(金)

中国「検閲」批判の資格なし

 今年の裁判員裁判で本日次々に判決が言い渡されました。と同時に次々に問題点も出ています。静岡地裁本庁第一号・殺人事件では検察側懲役20年の求刑に対して17年の判決が言い渡されましたが、裁判員が「裁判官だけなら15年だったかも、その意味でも参加した意義があった」と述べました。これは逆に言えば被告人にとってこの2年分が不服ということになりますし、これが裁判員制度の本質ということになります。一方で大阪の強盗致傷事件裁判員公判では執行猶予判決が言い渡されましたが、判決時説諭で裁判長が「(評議内で)裁判員には実刑の意見があった」と述べました。評議内容に触れるのは守秘義務違反という問題もありますが、裁判員には評議内容に守秘義務を罰則付きで課している一方で裁判官には罰則がない意味でも極めて重大な問題です。

 さて、「グーグル中国撤退か」のニュースが波紋を広げています。中華人民共和国政府が「言論弾圧」と同時に「言論統制」も行っている実態がこのニュースからも明らかに見えます。つい一週間前のエントリーで中国内の人権活動家への弾圧問題を取り上げましたが、果たして日本に中国の人権問題を批判できる資格があるのでしょうか?グーグル中国撤退問題について大手新聞が社説で「言論の自由を奪う行為だ」と批判しています。ところが、日本政府が公式に中国に対して批判はしていません。それもそのはず、旧自民・公明政権下の総務省はインターネット情報についてフィルタリング強化を図ってきましたし、現民主党政権でも現状では基本的な方向性が変わったとはいえません。
 ヤメ蚊先生の著書『マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか?』の中では、政府がインターネット情報についてフィルタリングを通じてウィンドウ上に「デマ率◎%」といった表示を併記させるような時代が来る可能性について指摘されています。例として、平和を守るための情報を検索したときに、「革命を起こそう」はデマ率99%、「憲法9条を堅持」はデマ率50%、「近隣諸国市民と交流しよう」はデマ率40%、「自衛隊を増強しよう」はデマ率3%のため、政府主導によるレーティングによりフィルタリングされることで、市民に触れる情報は自衛隊の増強だけになるという図があります。こんなことを許したら、国家権力・プロ法曹・メディア・財界総与党化推進の裁判員制度について批判する情報は、私のブログのみならず、高山俊吉先生の公式HPなども「デマ率100%」と判定されて市民からは完全に切り離されることになりかねません。
 日本の場合さらに厄介なのは、中国と違って表立った人権弾圧は極力しないことです。裁判員制度の推進姿勢でも見られるように、「言論の自由」を権力が濫用することで、市民がモノを言っても徹底的に「対抗言論」で抵抗するのです。それが第三者から見て明らかな不公正な言論であろうとも、「権威」を使って押し通してしまえば良いという考え方です。あくまで「弾圧」は権力側の最終手段であり、たとえ弾圧するにしても、政府批判に対する弾圧という構図にしないような方法をとることもあります。権力側がそのような姿勢を貫くことにより、市民にとって「モノを言ってもムダだから政府方針に協力しよう」という諦めムードも作られてしまうのです。そのような手法で世論も不公正に権力側に都合の良い方向に誘導されるとなれば、これは民主社会とはまるで反対の方向です。
 日本のメディアは中国の姿勢を「人権弾圧」「言論の自由を認めよ」と盛んに喧伝していますが、一方で権力と一体化している政策については事実上言論の自由を認めない「ダブルスタンダード」があります。むしろ「言論の自由」を権力に都合の良いように悪用するという意味では、少なくとも人権先進国といわれる国には例のない人権弾圧と言うべきです。このような世界に発覚しにくい潜在的人権弾圧の恐ろしさが目に見える形で現れたとき、この国は世界で最も恐ろしい人権弾圧国家の1つとの評価を受ける事態も考えられるのです。

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2010年1月14日(木)

東京新聞「大本営報道」から離脱

 本日の注目はこの東京新聞茨城版。本日と明日に裁判が行われる裁判員裁判で、昨日行われた選任手続についての記事ですが、選任手続の出席率が59%と記載されました。この59%という数値、分母に取られたのは裁判所への呼出状送付数です。今までいわゆる「大本営報道」で公表されてきた出席率は、分母に取られるのは呼出状送付後に辞退認可者を除いた数値を取ったものですから、8割とか9割といった異常なデータが出てくるわけです。実際に今回の出席率を大本営流にいえば88.3%となります。
 我々裁判員制度はいらない!大運動では最初の抽出数を分母に取った数値をデータとして出しています。毎日新聞では最初の抽出数が90となっていますので、我々の基準では今回の出席率は32.2%です。では、分母に取る数値を最初の抽出数か、呼出状送付数か、呼出状送付後辞退者を除外した数のどれを取るのが最も適切か?という問題がありますが、少なくとも呼出状送付後辞退者除外の数値を取るのは絶対に不適切であるということはいえます。当局に都合の良い宣伝をする目的で、本来法律の理念からすれば辞退できない人も裁判所が恣意的に排除したとしか考えられないからです。
 一方で、呼出状送付数を分母に取るのは一定の理屈は認められます。というのは、裁判員制度が起動する以前に「一生に裁判員に選ばれる確率」「一生のうち裁判員候補者になる確率」といったデータが裁判所などからも公表されてきましたので、それを調べると20〜70歳までの50年確率になっているのです。70歳以上の人は全員辞退することを前提にした数値ですが、上記の確率について70歳以上の人が「辞退しない」という前提で計算すれば寿命がどれくらい持つのかといった複雑な計算も必要になる理由もあるでしょう。日本では各都道府県ごとの違いはあるにせよ、全人口の20〜30%が70歳以上といわれています。となると、今回の水戸地裁の裁判で抽出数90人のうち、呼出状を送らなかった26人(28.8%)について大多数が70歳以上であると考えられるのです。ただ、70歳以上でも辞退しない人もいるでしょうし、呼出状を送らなかった人の中でも本来は辞退理由に当たらない人がいる可能性もあります。その意味では最初の抽出数を分母に取ることの方が安全といえましょう。
 とはいえ、東京新聞が当局が出す「大本営発表出席率」公表を拒否したことは大きな意味があります。これも我々の運動の効果といえましょう。今回の記事は茨城版ですが、これが東京新聞の他都県の記事に波及するのか、さらに東京新聞や中日新聞広域版レベル、もっといえば、東京・中日新聞以外のメディアに波及するかも注目です。一方で、「当局」の圧力がかかって次回水戸地裁の裁判で「大本営データ」記事に戻ることだけは絶対に避けなければなりません。実際に沖縄の裁判ではいまだに「大本営データ」が公表されているからです。

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2010年1月13日(水)

6ヶ国協議が崩壊する?

 昨日から裁判員裁判が再開されたこともあり、社説が大手、地方紙で時々見受けられます。本日は讀賣新聞福島民友の社説が裁判員制度関連でしたが、福島民友では初めて欠席者への対応が問題視されました。それもこれも、裁判員制度が市民に支持されていないことが分かっているから、推進派に都合の良いデータを偽装解釈してまで「支持されている」世論を捏造した上で「今年が制度定着の正念場」とか言うのです。こんなことはほとんどありえないでしょうが、百歩譲って市民がイヤイヤながら「当たったら仕方ない」で制度を受け入れようとも、被告人が「こんな裁判は絶対に受け入れられない」と徹底抗戦すれば裁判員制度は崩壊するという件は指摘しておきます。

 さて、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)外務省が朝鮮戦争に関して「休戦協定を平和協定に転換しよう」という提案を出してきました。また、「朝米間不信の象徴」である国連とアメリカ合衆国による制裁解除がなされれば6ヶ国協議に復帰する提案もしました。これは、朝米の平和協定締結が非核化を軌道に乗せるために必要だから、すなわち、平和協定締結抜きの6ヶ国協議復帰は、アメリカなどに体制ごと潰される危険性があるから朝鮮共和国にとっては認められないということの現れといえます。
 朝鮮共和国の現状はお世辞にも威張れたものではありません。デノミで経済がさらに混乱するなど、自国の体制は崩壊寸前です。「決定的対立を避けたい」対米路線については、前ブッシュ政権時はアメリカ国内の混乱に付け込んで自国に有利な外交も展開できましたが、現オバマ政権はひところの勢いはないとはいえ、ブッシュ政権と比べたらはるかにマシですので、ある程度は低姿勢を取っていると考えられます。ただし、オバマ政権も医療制度問題やノーベル平和賞と相反するアフガン戦争問題で日本の鳩山政権と同様、支持率が低下しつつあり、その点は朝鮮共和国にとっても重視したいところです。その意味でも、相手国の政権支持率が下がるまでの時間稼ぎをしたい思惑もあるでしょう。
 仮に朝鮮共和国が6ヶ国協議に復帰するにしても、その時点で朝鮮共和国以外の5ヶ国の足並みがどうなっているか、朝鮮共和国にとって有利な条件下で復帰したいというのは当然あるでしょう。その意味で現時点から足並みを乱せるだけ乱そうという戦略もあります。その中でもターゲットとして最も与しやすいのは「日本」であることも間違いないでしょう。ここ数年は世界的に見て特に政治の劣化が激しいといわれています。鳩山民主党政権に交代したとはいえここ数ヶ月の日米関係の亀裂ぶりを見れば、朝鮮共和国側にとってみれば、日本の足並みを乱すことができれば、6ヶ国協議の足並みも足元から乱すことができるという計算もあるでしょう。地理的な意味でも、朝鮮共和国にとってイデオロギー対立のある韓日米の中間にある日本が壊れたら最も効果があるのです。
 同じ目的に向かって進むチームプレイは、チーム内で足並みが乱れれば敵にそこを付け込まれて一気に崩壊するということがあります。当然のことながら、相手チーム内の最も弱いところを衝くのが兵法の極意です。ですから、目的を達成するためには自らのチームの弱みを見せてはいけないのです。日本国内は、6ヶ国協議以前に自国レベルで「オウンゴール」を乱発しているのが現状といわざるを得ません。裁判員制度を巡る混乱も然りです。こんなことをやっていたのでは、朝鮮共和国に付け込まれて当然と言うしかありません。

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2010年1月12日(火)

対EU刑事協定の即時撤回を!!

 まずは本日の毎日社説。「裁判員2年目 プロの力量を問われる番」なるタイトルですが、この社説の意味するところは、8割の消極民意にも関わらず個人レベルでは発言力のほとんどない市民についてはわずか2割程度の協力側市民を使って裁判員制度翼賛権力・メディア側が完全に取り込むことに成功したつもりなので、今度は抵抗勢力(=裁判員制度などやりたくない現場の検事・判事・弁護士に加えて裁判員制度反対派弁護士勢力)となりうるプロを取り込もうという姿勢です。そういえば、今度の日弁連会長選挙ではある候補が「裁判員制度をめぐる路線対立に終止符を」という主張を掲げています。これは、「裁判員制度は始まったのだから反対派もいまさら反対など言わずに協力しましょう」という主張と同じです。しかし、裁判員制度は根底から反人道的である以上、そんな主張は断じて許されるものではありません。現実に本日から本年分が始まった裁判員裁判、静岡地裁本庁第一号では初期抽出段階90人のうち、わずか28.8%・26人しか来庁しませんでした(静岡新聞記事)。ますます制度絶対廃止を掲げる我々裁判員制度はいらない!大運動の勢いは増すばかりです。

 さて、本日の新潟日報社説も注目です。先ほど結ばれたEUとの刑事共助協定について、真っ先に社説で取り上げられました。新潟には高島先生や西野先生など裁判員制度反対派の専門家が多数おり、真っ先に地元弁護士会が裁判員実施延期決議をした経緯もあります。その意味でも新潟日報は刑事裁判の人権問題に相当敏感になっている様子が伺えます。
 社説でいきなり「これでは不平等条約ではないか」とあります。日本政府も協定の不平等性を分かっていながらも深刻化の著しい国際的犯罪に対応する必要性の観点から締結したとのことですが、それにしてはあまりにも大きすぎるリスクと言わざるを得ません。死刑相当の事件といえば超のつく凶悪犯罪です。日本で超のつく凶悪犯罪を犯した上でEUに逃げ込めば捜査の手を免れるという異常事態も考えられ、この協定を悪用する犯罪組織が出現する危険性もあります。しかも、こんな「不平等条約」の締結を契機に死刑廃止に追い込まれる危険性があるのみならず、日本が国連から批判されている数々の刑事司法手続の問題も世界的圧力で改正に追い込まれる可能性もあります。刑事手続の改善自体は歓迎すべきことですが、それが日本国による自主的な改善ではなく、世界の圧力によって改正されるのではとても民主国家といえるものではありません。
 新潟日報社説では「協定締結とともに死刑存廃論議の活発化を求めたい」と結ばれています。私が主張するのは断じて死刑存廃論議の活発化ではありません!!こんな不平等条約の即時撤回です!!こんなことを言えば「条約締結直後に撤回するような国は信用できないと国際的非難を浴びる」という反論も当然出るでしょう。しかし、この問題に関しては日本国内での議論がほとんど行われないままトップの決断で一方的に行われてしまいました。手続が不透明なまま国家統治の根幹に関わる問題を先に決めてしまって、後から禍根を残すという経緯はまさに裁判員制度の現状と全く同じです。
 そういえば、裁判員制度は日本国権威・権力・専門家総動員による自主的な刑事手続の改悪でした。権力側の論理だけで自主的に最悪の刑事司法システムを導入したのみならず、これが対EU刑事協定や日米地位協定問題など世界の圧力によって逆戻りさせられるのでは、まさにわが国にとって「1945年以来の屈辱」となるのは間違いありません。

 一方、現実に起きてしまった事件に関しては、刑事被告人の人権を公正な形で守る必要があります。日本の不公正な刑事手続である裁判員裁判によって死刑判決が出されないよう、近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月11日(月)

扇動政治家が登場しても仕方なし

 本日、信濃毎日新聞で今年の憲法展望関連社説が掲載されました。いつも私が申し上げるとおり日米同盟の存在を絶対視して9条護憲などというのは、日本国憲法第9条に真っ向から反する核持込密約がある以上は、信濃毎日に限らず全く信用できないと言うほかありません。9条護憲というならば、きっぱり日米条約を破棄した上で別路線を取るしかないのです。

 昨年、私は政権交代の歴史的な日を(青森第一号の抗議活動もかねての)遠征先・北海道の苫小牧で迎えました。そのため、私は8月31日北海道新聞記事の一部を持っています。その中に山口二郎北海道大学大学院教授の『民主主義による「革命」』なる興味深いコラムがあります。このコラムで最も注目すべきは、「もし、民主党政権が見るべき成果を挙げられず国民が幻滅すれば、政党政治自体への不信感は極まり、扇動的な手法の政治家が登場しかねない」という件です。
 裁判員制度には民主党は無論のこと、連立を組む社民党や国民新党主力議員、さらには共産党までもが賛成してしまいました。まして、この政策は何度も述べるように国家統治の根幹に関わるものですから、民主党政権としても賛成した以上の責任を取らねばならない意味で絶対的推進姿勢を貫くしかなくなっているのです。逆にいえば、裁判員制度が大失敗に終わった場合、旧政権の自民・公明両党も賛成票を投じたことからも、国民は「国会議員は誰も信用できない」という不信を持つことになります。まさに山口教授のコラムに指摘される条件を満たし、扇動的政治家登場という事態を招く可能性が出るわけです。だからこそ民主党政権としても必死に裁判員制度を守りきろうとするわけです。
 では、我々はこんな事態をどう捉えるか?我々裁判員制度はいらない!大運動が「裁判員制度絶対廃止」の旗印を絶対に降ろさないと不退転の覚悟を決めて運動をより強化していくだけですが、権力側が「危険な手法の政治になりかねないから、お願いだから裁判員制度だけは残してください」と我々にお願いするケースが考えられます。しかし、我々は絶対に受け入れるわけはありません。国民全員を権力・法律のプロ(日弁連反執行部派は除く)・メディアぐるみでダマした「国策不正・国策偽装・国策詐欺」が行われたのです。権力や権威が総与党化して主権者であるはずの国民に政策の是非を一切考えさせない政治手法は、おそらく世界で例がないくらいの前代未聞の人権侵害です。これだけは絶対に許されないというレベルの悪政です。
 「人権侵害が行われている」と世界常識的に言われる国ならばともかく、メディアがこれほど発達した近代かつ人権先進国と世界的にいわれる国でのこれほどの人権侵害。おそらくは世界の歴史にないほどの異常さですから、失敗したときの反動も異常なものになるでしょう。当然のことながら、「裁判員制度の失敗=自民党も民主党もダメ」ということは、過去の世界歴史に例を見ない異常な扇動的政治が行われることも覚悟しなければなりません。だからと言って、権力・権威総与党化の「国策不正・国策偽装・国策詐欺」なる人権侵害がまかり通るよりは遥かにマシです。我々としてもこのような異常事態が起きる覚悟を決めて運動を前進させるだけの話です。

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2010年1月10日(日)

天皇の政治利用?

 昨年、中国国家副主席との会見に関して小沢一郎民主党幹事長による「天皇の政治利用」問題が波紋を広げました。その意味で「天皇の政治利用」と裁判員制度について考えたいと思います。
 昨年12月23日、現天皇陛下の感想文が発表されました。全文が共同通信記事にあります。ここで内容を見ると、昨年最大の出来事として政権交代があったのですが、その件については一言も触れられていません。確かに政権交代問題に天皇が触れるとこれは自ら政治利用するのと同然ですから、この件に関して触れないというのはもっともだとは思います。それならばなぜ政治問題である裁判員制度に触れるのか?しかも、政治関連として、ただ一つ裁判員制度が触れられています。いわば裁判員制度が特異な事情だから触れられたものだと言うしかありません。天皇が自ら裁判員制度について「政治利用」したとしても、外部の人間が天皇陛下に言わせる形で「政治利用」したとしても、どちらも重大な問題です。
 裁判員制度が始まる直前にも天皇陛下が裁判員制度に触れられました。その理由だけとは限らないでしょうが、保守系の裁判員制度反対派論客がほとんどモノを言わなくなりました。もとより保守思想側の論客は「お上がやることには逆らわない」性格があります。まして「天皇陛下のお言葉」となれば「絶対に逆らえない」でダンマリを決め込んでしまいます。となれば、保守側の裁判員制度反対派にとっては「本音は反対でも権力側が決めたこと、まして天皇陛下の思し召しとあらば反対はいえない」という態度になってしまいます。ですから、保守系裁判員制度反対派の考え方は、「専門家でもない一般国民を国家権力の一翼である司法判断をさせたら国家体制が崩壊する」という思想です。「国家が市民によって潰されるけど権力が総与党化して決めたことだから何もできない」保守系裁判員制度反対派にとっても、自らの主張を実現する頼りは我々の裁判員制度はいらない!大運動しかないとなるのです。
 言葉の中で「今後の様子を期待を込めて」という表現が出てきます。しかし、今や日本国憲法下の象徴天皇制時代は戦前の「天皇は神聖にして冒すべからず」の時代ではありません。報道機関レベルではある程度のタブーはあっても、一般市民レベルで批判してはならないという時代ではありません。ですから、天皇陛下がどんな言葉を発しようとも、我々が裁判員制度絶対廃止を訴えることを続けることに変わりはありません。

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2010年1月9日(土)

読谷村事件から浮かぶ問題点

 本日は産経新聞でこんな社説が掲載されました。相変わらずのメディア総与党化「金太郎アメ」翼賛論調に今年新たに加わった条件を付け加えただけですが、「予想以上に順調」の言葉とまるで合わない実態であるというのは、今年第一号かつ岩手県第一号になるはずだった盛岡地裁の裁判員裁判が被告人の主張変更で延期されたことからも明らかです。

 さて、読谷村事件で米兵クライド・ガン容疑者がひき逃げ容疑にて逮捕されました。しかし、ガン容疑者は、取調べにおいて可視化や弁護士立会いが認められない限り供述拒否する態度を貫いています。一方で、琉球新報からですが、沖縄県警側は仮に供述が拒否されても状況証拠によりひき逃げ容疑での立件は可能と見ています。
 日米地位協定が捜査のカベとなった今回のケース、状況証拠のみ身柄引き渡しなしでも起訴が可能な自動車運転過失致死容疑でまず書類送検して、書類送検すれば身柄が引き渡されることを利用した上で、身柄拘束して取り調べる必要のあるひき逃げ容疑を後から追加するという特異な手法を取りました。まさしく姑息きわまりないだけの話で、今回はこのような手法が取れる事件だったから良かったのですが、このような手法を取れない事件だったらどうするのか?といった問題も残ります。そして、日米地位協定の根本的解決はまるで踏み込まないままでは、米軍関係容疑者による事件が再び起きたときに同じような問題が起きるのは間違いありません。
 以前にここでも触れたのですが、以前から米軍関係容疑者については特例として可視化を行っていたということですから、今回の事件でも可視化はできるはずです。となれば、琉球新報のこちらの記事からですが、可視化のための条件が揃ってないというのは理由になりません。とはいえ、身柄拘束にて取調べたほうがより強い証拠が得られるのですが、仮に黙秘しようとも状況証拠からひき逃げ容疑での立件が可能という沖縄県警の姿勢からすれば、これからも同じように状況証拠による立件も次々に出てくるでしょう。
 となると、日米地位協定の身柄引き渡しについて、裁判員裁判対象事件も問題になりますから可視化問題だけを議論するわけには行かないということになります。実際に武蔵村山ロープ張り事件では裁判員裁判対象の殺人未遂から裁判員対象外の傷害容疑に切り替わりました。取調べの可視化なしを理由に身柄拘束をせず無理な証拠をもとに状況証拠だけにて立件した場合は冤罪の温床にもなりかねません。読谷村事件では可視化問題が必要以上にクローズアップされているウラで、まるで裁判員制度の問題点に触れられていません。日本国民に対して、権力側は裁判員制度そのものの是非について一切議論させない姿勢を貫いています。しかし、刑事司法は被告人(=米軍関係者が容疑者になる事件ではアメリカ側)の権利です。状況証拠による無理な立件の温床にもなりかねない今回の身柄引き渡しをめぐるゴタゴタ、より裁判員制度の本質的問題がクローズアップされねばならない事態ともいえるのです。

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2010年1月8日(金)

中国人権弾圧への批判の資格なし

 そういえば、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では金正雲氏の誕生日を盛大に祝ったという報道がありました。金正日総書記の後継者に事実上決まったとの見通しですが、そのほか、朝鮮共和国では大韓民国侵攻想定訓練があるなど、今後も動静から目が離せません。

 さて、朝鮮共和国の隣、中華人民共和国でも人権問題が波紋を広げています。「08憲章」起草者で作家でもある劉暁波氏に対して「国家政権転覆扇動罪」で懲役11年・公民権停止の判決が下されました。また、過去にはサハロフ賞を受賞し、ノーベル平和賞候補にもなった胡佳氏に対しても言論弾圧がなされ、実刑判決が下されました。中国でも個々の政策に対する批判は以前より自由になったとは言われています。しかし、中国共産党批判については徹底的に弾圧されるのは相変わらずです。
 本日の朝日社説では日本の動きが鈍いという指摘があります。まさにその通りです。日本も裁判員制度という形で無意識のうちの弾圧をしている人権感覚では、中国の人権弾圧を批判できる資格などあったものではないからです。むしろ、日本における裁判員制度の推進姿勢は中国や朝鮮共和国の人権弾圧よりも「海外の非難を巧妙にかわす」意味では悪質といえるかもしれません。というのも、顕在的に身柄拘束などを行わず、法の解釈・運用面で権力側にとってとことん都合よく行い、それが第三者から見て不公正や不自然な方法であろうとも、日本国内の反対派には「モノを言っても我々権力は一切聞く耳は持たない」態度を貫くからです。
 ところで、今回の問題が朝鮮共和国の人権問題と決定的に違うのは、中国は政治的には無論、経済的にも大国になり、全世界への影響力が大きなことにあります。朝日社説でも指摘されているとおり、発言力が大きいゆえに世界全体としても中国に対する発言を控える傾向になることが懸念されています。そうなると、地球環境問題もそうですが、中国が巧妙に自らの立場だけを拡大して世界全体の秩序を混乱させる事態も考えられます。その場合に世界が中国の暴走をどう止めるのか?という観点が必要になり、近隣諸国である日本の責任も非常に大きいのですが…
 日本の裁判員制度の場合、先に述べたように人権弾圧性を巧妙に隠蔽する悪質性があります。しかも、世界に名だたる主要国かつ人権先進国というブランドのある国と見られている以上、裁判員制度の人権弾圧性が世界に発覚したところで世界的非難を浴びない事態も考えねばなりません。しかし、そんな人権感覚の国が中国を批判しても説得力がないだけですから、中国の暴走を止めようとすると「そんな資格が日本にあるのか」という世界的批判を浴びるでしょう。その意味でも日本国内でも人権弾圧の芽を摘み取っておく必要があるわけです。

 なお、JALが会社更生法適用申請に追い込まれる見通しになりました。本来私としては、法的整理になった段階で、公益性の高い企業である観点から「社会的責任を取った」という形で不買運動を取り下げることも考えていました。実際に経営破綻したそごうも民事再生法により普通の企業に生まれ変わったこともあります。しかし、今回の法的整理では国家が一私企業の救済にさんざん介入したのみならず、破綻企業として上場廃止させないことも言われています。ということは、企業として十分な社会的責任を取ったとは言いづらいと評価せざるを得ません。そこで、このページで呼びかける「JAL不買運動」は「JR西日本不買運動」と併せて継続します。

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2010年1月7日(木)

理由なき不選任の横行

 本日は遅いのであまり詳しくは述べられませんが、産経記事から、理由なき不選任がやはり横行している実態が掲載されました。専門家でさえ「裁判員を全国民から選ぶという方法について、今後は議論の必要があるのではないか」と述べている事態では、全国民の平均的な常識を裁判に反映させるという理念などどこかに行ったとしか言いようがありません。
 そもそも8割の市民が「なりたくない」状況の中で強行した裁判員制度ですし、現実に消極的な候補者は呼び出し段階で6割前後除外しているのでは、実際の裁判も平均的な国民の常識を反映させているとはとてもいえません。しかも、呼び出し段階で残った4割の中から当日辞退を認めたり、抽選前に「理由なき不選任」が活用されるなどにより、最終的には初期抽出と比較して2割くらいしか候補者が残らないのが実態です。
 そうなると、結局は、被告人は偏った考えを持つ市民に裁かれることになります。もっとも、「裁判員制度は絶対的に維持する」という強権的姿勢を国内権威、メディア、法曹のプロが総与党化して貫いていますから、2割の市民の感覚であろうとも外形的に制度が維持されていれば「それが日本の重罪刑事裁判だ」と言い張るのでしょう。しかし、国内レベルではこれを維持しようとも、外国の被告人はまるで納得しません。
 ですから、読谷村や武蔵村山のように米軍関係者が重罪事件を引き起こすと、いきなり海外との人権衝突が起きるわけです。EUとの刑事共助協定でも死刑制度の存在する日本に一方的に不利な内容です。我々は裁判員制度廃止運動にこの差を徹底的に利用します。その意味でも近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月6日(水)

鳩山首相に訪朝のチャンスなし

 まずは共同通信記事。呼び出しを求められながら欠席した622人に過料制裁を行わない見通しのことだそうです。出向いた元候補者からは不平不満が出るでしょうし、今年の候補者は「過料がないなら安心して欠席しよう」との気も出るでしょうし、また、候補者出席率がより低くなる事態にでもなれば裁かれる被告人にとって「特異な思想を持った市民に裁かれるのではタマらない」ということになるでしょう。同じ共同通信記事から、最高裁横田尤孝新判事が裁判員制度について「楽観している」と会見したそうですが、世論誘導のために強弁しているとしか考えられません。

 さて、鳩山首相が拉致問題解決について「必要なときに訪朝したい。ただ、今はその時期ではない」と述べました。今はその時期でないというのはそりゃそうでしょう。仮にすぐに朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問すればどうなるか?それは私に限らず読者、それ以外の皆様もほぼ同じ意見でしょうが、日米同盟の亀裂に付け込まれて朝鮮共和国に都合良く使われるだけです。だからこその「必要なときに」というわけですが・・・
 そんなチャンスなど半永久的に来ない!!と我々は突きつけてあげましょう!!というのも、読谷村ひき逃げ事件など日米地位協定が問題となる米軍関係凶悪犯罪容疑者の身柄引き渡し問題は、アメリカ側が日本の司法制度を認めない限り半永久的に継続するからです。とりわけ日本の裁判員裁判では絶対に裁かれたくないと考える米軍関係者にとって殺人など罪状落としができない案件の容疑をかけられた場合は大変です。日本において一定の凶悪犯罪では裁判員制度以外の司法手続を認めていませんから、アメリカが「裁判員制度は認めるわけにはいかない」といえば、日本で起きた凶悪犯罪を日本で裁くことができなくなる異常事態を招くのです。
 昨日触れたとおり、日本はEUとの刑事捜査共助協定を締結しましたが、日本国内で死刑の可能性のある犯罪捜査についてはEUが拒否権を行使する可能性があり、日本に一方的に不利な内容です。こんな協定を締結すれば、「日本で死刑レベルの凶悪犯罪を起こされてEUに逃げ込まれたらどうするんだ」という国内からの非難も出るでしょう。死刑問題のみならず、ダイヨーカンゴク、可視化、そして裁判員制度もそうです。日米地位協定問題もそうですが、いわば日本の刑事司法が全体的に非難される世界的情勢があるのです。
 日本の刑事司法が徹底的に世界から糾弾される事態。読谷村や武蔵村山事件も含めて日米同盟の根幹も当然揺るがすことになりますが、日本の刑事司法自体が非常識きわまりない以上は仕方ない問題です。日米地位協定の問題は日本の司法手続が改善されない限り半永久的に残る以上は、日米関係の亀裂を修復することは不可能です。ということで、鳩山首相がいつ朝鮮共和国を訪問する気になろうが、そのときになれば我々が日米地位協定問題を徹底的に持ち出して付け込んでもらうまでですから、彼らに訪朝のチャンスは半永久的に訪れないということです。

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2010年1月5日(火)

被害者参加で明らかに厳罰化

 本日は讀賣新聞からこの記事を。
 そもそも被害者参加がなくても、親族間の特異な事情が減軽につながったケースなどを除けば厳罰化傾向があるということを前提にしなければなりません。被害者参加がないケースの77.8%という数値に今挙げたようなケースが含まれることを考えれば、被害者参加ゆえに即厳罰化というのではないのですが、むしろ問題なのは上記讀賣記事で画像に挙げられたようなケースです。すなわち、凶悪中の凶悪事件でかつ被害者が具体的に極めて重い刑罰を求めた場合は極めて厳しくなる傾向があることです。讀賣記事で画像に挙げられたケースの平均では90%近い量刑率となります。そのうち殺人、強盗殺人未遂の5件の平均は90%を越えます。
 すなわち、検察側求刑に極めて近い判決が出るような事件は、厳罰化が目的といわれる裁判員制度の本質が現れているといえますが、そこに被害者参加が相当な影響を及ぼしている傾向も明らかに見えます。実際、求刑22年・判決21年となった鳥取の強盗殺人未遂事件では、経験者が「被害者参加が重圧になった」と言っています。しかも、これからの裁判ではさらに重い刑罰が言い渡される事件も次々に扱われますし、そのような事件は被害者・遺族の感情が高いために公判参加する可能性がより高くなります。当然のことながら、鳥取強盗殺人未遂事件のように「被害者参加が重圧になる」裁判員が検察側求刑に近い判決を連発するのは容易に想定できます。
 それにしても、被害者参加のない平均77.8%→被害者参加の平均81.7%の4%の差を矮小解釈したり、裁判員制度推進派専門家のコメントを載せたりして「厳罰化傾向見られず」との報道をする讀賣新聞の姿勢にはあきれ返ります。裁判員制度推進にとって都合の良い偏向解釈した欺瞞性が明らかに見てとれます。画像を見れば一目瞭然の厳罰化がはっきり分かるのに、こんな報道をしては読者に見放されるとしかいいようがありません。
 なお、本日は共同通信のこの記事も。日本国内で死刑の可能性がある事件について、容疑者がEUに逃げ込めば捜査の手を免れる可能性があるとのことです。これを悪用されたら日本の治安はいったいどうなるんでしょうか?死刑のみならず、裁判員制度にも応用される危険性もありますが、そんな非常識な刑事司法を持つ日本が非難されたとしか言いようがありません。こちらは近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月4日(月)

検察も恐れる必要なし

 本日、ついに押尾学容疑者が保護責任者遺棄致死で逮捕されました(産経記事)。この罪状は裁判員裁判対象ですが、起訴段階では「遺棄行為と死亡の因果関係が立証できなかった」などと罪状落としが起きる可能性も捨てきれません。米軍絡みの事件で現実に起訴落としがありましたし、有名人絡み事件でも同じケースになるのかもしれません。

 昨年末に鳩山由紀夫総理大臣が、偽装献金問題で検察に上申書を提出した件について「憲政史上の異例さ」といった評価がなされました。それもそのはず、本来は総理大臣は検事総長に対しては捜査介入ができる立場ですから、検察に上申書を提出することはいわば「検察の軍門に下った」屈辱的事態です。検察はこれで十分捜査の効果が得られたとして、おそらく喜んで「不起訴」にしたでしょう。そして、落合先生のブログでは、総理については上申書でお茶を濁し、今度は「何とか、宿敵の本丸に切り込みたい、あわよくば大将の首を取って」という方向に動きそうです。
 すなわち、検察にとって「上申書を出してくれた」鳩山総理から捜査介入をされる怖さがなくなった以上、今度は民主党内で最も権力を握っていると見られる人物を徹底捜査して首を取ってしまえば、検察にとって「怖いものは何もない」、すなわち、この国を民主主義選挙によって誕生した民主党政権ではなく「検主主義」の国にできるというわけでしょう。政治家はその地位に上がるためにほとんど誰しも何らかのカネの問題を抱えているといわれています。検察はそんな各政治家の弱みを握っているがゆえに、本気になれば「誰でも立件できるぞ」と脅しをかけることができるわけです。
 その検察が最も主導的な形で推進しているのが、まさしく「裁判員制度」。なぜならば、法曹三者の中で裁判員公判日程をHPに記載しているのは各地検察だけで、地裁も各地弁護士会も裁判員裁判の公判日程を宣伝していません。それもそのはず、山口光市事件における検察側市民側からの世論によって作られたのが裁判員制度ですから、検察主導で宣伝するには最も都合が良いですし、一方で弁護士会が裁判員裁判日程を宣伝すれば市民から反発を食う「オウンゴール」の結果を招きかねないのです。被告人の人権を守るためにあるのが刑事司法の基本であることからすれば、本来は弁護士側が裁判員裁判を宣伝していくのでなければなりません。それができないことがまさしく裁判員制度の根底的な間違いを如実に現しているといえます。
 ですから、我々が裁判員制度反対派弁護士とともに、裁判員制度を「根底的に誤った政策だから何をしてでも潰す」ことは、検察のメンツを根幹から破壊することにもつながる意味で非常に大きいものがあります。無論、そのことは検察も分かっているはずだからこそ、検察主導で国内権威が総与党化してまで絶対的強権性をもってでも押し付ける姿勢を貫いているといえます。それをひっくり返すには、国内権威が総与党化した以上は海外の力を借りることも考えねばなりません。どんな手法を使おうとも裁判員制度を潰すことに成功さえすれば、検察が「カネの問題で民主党政権を我々の軍門に下らせた」と喜ぶのもつかの間、我々は「検察も恐れることはない」と堂々と胸を張って宣言できるのです。

 ちなみに、読谷村ひき逃げ事件では裁判員裁判対象外の自動車運転過失致死容疑で米兵が書類送検されました(時事通信)。近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月3日(日)

以前から行われていた可視化

 本日はヤメ蚊先生ブログのエントリーからですが、読谷村ひき逃げ、武蔵村山道路ロープ張り事件に絡んで米軍関係者容疑者取り調べにおける重要な問題が発覚しました。読谷村事件は明日にも米軍兵士容疑者が自動車運転過失致死容疑で書類送検される見通しの一方で、身柄が引き渡されなかった理由として「取調べの可視化、弁護士立会が認められていない」というのを挙げているとのことですが(琉球新報、毎日新聞の記事)・・・
 上記ヤメ蚊先生のブログでは、10年以上も前のことですが毎日新聞が米軍容疑者の取調べにおいて全面可視化を実現していたという記事を書いています。1995年には日米地位協定運用改正の発端となった少女暴行事件がありましたが、一方では世界的に信用されていない日本の刑事手続を維持するため、米軍関係者に限っては容疑者身柄引き渡しにおいてゴリ押しを認めてまでも可視化を容認していたようです。海外との人権衝突を極力避ける狙いでしょう。だとすれば、昨年の読谷村事件についても、「取調べの可視化」が身柄引き渡し拒否の本質的問題なのであれば、容疑者側がゴリ押しすれば現状でも認められる可能性が高いと見るのが自然です。すなわち、米軍容疑者が身柄引き渡しを拒否する本質的理由は、取調べ可視化以外のところにあると見るべきです。結果的に飲酒運転が疑われた読谷村ひき逃げ事件は危険運転致死容疑は適用されず、また、武蔵村山ロープ張り事件は殺人未遂から傷害容疑に切り替えられました。裁判員裁判対象事件から外して立件したことで、ますます裁判員制度の存在が身柄引き渡しにおけるネックになっている可能性が高まっています。
 そもそも、今までの米軍容疑者関連事件では身柄引き渡しがスムーズにいっていたのに、裁判員裁判が始まってから武蔵村山、読谷両事件で身柄引き渡しにおいてゴネられる事態が生じました。裁判員対象事件になる金武町での銃撃事件でも米軍は捜査協力を拒否しました。そのためでしょうか、読谷、武蔵村山両事件では起訴罪状を裁判員対象事件から外すという手を使いました。しかし、もっと凶悪な事件では裁判員対象事件から外せない事態も考えられます。殺人既遂クラスの事件で米軍から身柄引き渡しを拒否された場合に、権力側は日本の市民に対して徹底的に「裁判員制度が原因である」とは死んでも認めないのでしょうか?
 それにしても、日米核密約問題では「知らぬ、存ぜぬ」とのウソを貫いてきた前政府与党の姿勢、いや、権力は不正がバレても「それがどうした」と開き直ることさえあり、名古屋高裁のイラク自衛隊派兵違憲判決に「そんなの関係ねぇ」と言った前航空幕僚長の姿勢などは典型的です。可視化問題にしても、10年以上も前から米軍兵士にだけは特例を認めていたのに、他の外国人容疑者や日本人容疑者のケースは一向に改善してきませんでした。裁判員制度はウソがあることを徹底的に認めないばかりか、ウソを前提にした論理を「正統な」ものとして平気で市民に押し付けてきました。こんな権力による高慢な姿勢は、無謀な戦争に突き進んだのみならず敗戦の反省を本気でしない以前から既に始まっている、わが国の悪しき「伝統」でもあるのです。

 近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月2日(土)

我々はメディアに頼らない

 昨年の紅白歌合戦は白組の優勝となりました。これで5年連続白組優勝なのですが、数年ほど前から一般市民審査員としてワンセグ、デジタルTV、携帯からの投票が可能になったことがこんな事態を招いている疑いがあります。すなわち、わが国に根強く残る「男尊女卑」思想で初めから白組に投票すると決め付けている一般市民が多くいる可能性が考えられ、これが真実だとすれば紅組は最初から大きなハンディを背負っていることになります。公正な競争条件でない下で競争をさせたらこんな結果を招くのは自明の理で、このまま同じように紅白歌合戦を続けていたらよほど歌の内容が極端でない限り白組が20連勝も30連勝もするとしたもの。やがては「毎度のように白組優勝か」とファンが離れる危険性があります。

 さて、元日各新聞の社説は本ブログ読者に限らず皆様も注目されたかと思います。とりわけ正月明け早々読谷村ひき逃げ事件で容疑者米兵の書類送検が行われる見通しなのをはじめ、日米問題は根幹のレベルで早くも正念場を迎えるということがあります。日米問題はアメリカの世界戦略とあいまって西部〜中央アジア問題、そして西部〜中央アジアの核問題に直結する朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)問題、当然、日本の対朝鮮共和国問題にまでつながる意味もあり影響は地球全体に及ぶものでもあります。大手新聞が日米同盟問題元日社説として真っ先に取り上げたのはいわば当然といえましょう。日本国内においても9条、そして日本国憲法全体をどうするのか?がこれほど問われている時代はありません。
 そこで気になったのは各新聞の論調ですが、リベラル系の朝日毎日、(中日・東京は日米問題については控えました)を含めてあくまで日米同盟の存在は絶対的前提としての報道姿勢が相変わらずです。
しかし、日米間での核持込密約存在はほぼ否定できないものとなった以上、日米同盟の根幹に関わる部分で憲法9条に真っ向から反する同盟が存在することも否定できなくなりました。ということは、護憲派新聞の朝日、毎日、中日(東京)新聞といえども日米同盟は絶対的前提としての報道を貫く以上は憲法9条死守などという資格はまるでないというしかありません。そして、地方紙で西日本新聞に至っては改憲を語るなど、護憲派が徐々に改憲派に取り込まれていく流れを感じざるを得ません。彼ら護憲派といわれたメディアは民主党政権を肯定してきたメンバーですが、鳩山総理が昨年末に改憲思想を公言したことも背景に考えられます。一方、日米同盟を破棄すればどうなるか?これは讀賣の年初社説や、産経新聞でも論客が指摘するとおり、自主防衛路線による軍備や防衛費の増強が絶対条件になると解きます。軍備・防衛費増強路線となればこれも憲法9条とは相容れないものですから、憲法改正路線に走る公算が大きくなります。
 日米同盟維持でも破棄でもいずれにせよ憲法9条、そして日本国憲法は改正せざるを得ないのか?答えは「NO」。憲法9条、そして日本国憲法死守を掲げる我々にとって別の路線を考えれば良いわけで、それが日米同盟破棄かつ親中華人民共和国路線です。日本を武力攻撃するだけの大義名分やメリットの薄さ、そして攻めるに難い地理的条件を踏まえた上での「必要最小限の同盟」があれば憲法9条は守れるのです。現在は反米思想の強い沖縄の地方紙でさえ日米同盟破棄とまでは言っていません。しかし、どのメディアが主張しないからこそ我々一般市民が提言する必要があり、それが社会を変える原動力になるのです。これは裁判員制度反対運動にも共通の話で、まさに日米問題とともに国家統治の根幹に関わる問題ですから、どのメディアも主張しない路線が実現すればメディアの存在意義も薄くすることもできるのです。
 そういえば、朝鮮共和国でも労働新聞などが新年共同社説を発表しました(中日新聞から)。これによると、朝鮮共和国の対アメリカ合衆国姿勢は「非難から敵対関係終息」へ、対大韓民国姿勢も「対話呼びかけ、批判抑制」ですが、対日本については何も触れていません。はっきり言ってナメられているのも当然の話、民主党に政権交代したとはいえ日米同盟問題などで根底的基盤もガタガタでいつ何が起きるか分からない以上は何も言う必要性はなく、日本が勝手にひっくり返ってくれれば良いだけの話です。裁判員制度の現状と鳩山政権の対米姿勢をみれば日本全体がひっくり返るのも決して夢物語ではなく、そんな情勢を我々が作ることも今年の大きな目標です。

 近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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2010年1月1日(金)

あけましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます。昨年は歴史的な政権交代を経ても鳩山政権が早速大混乱したのに加えて、歴史的な司法制度改革「裁判員制度」のスタートということもあり、なんともおめでたくない年になりました。とはいえ、革命的な年明けということもありますし、今年は新たな国のスタートという意味もこめて、それにふさわしい記念の「年賀画像」を読者の皆様にお送りいたします。



 なお、上記画像の意味は皆様でお考えくださいませ。

 近藤剛郎氏の身柄を日本に引き渡さないよう国際刑事警察機構、逃亡先のタイ政府に要請いたします。こちらのページ、または、こちらのスペアページにて徹底的に続けます。
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